FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大病を盾にしない

自分は、ここ一週間ほど体調がよくありません。
ふわふわした浮揚感とたまに起こる頭痛に悩まされています。
気を抜くとバランスを崩して倒れそうです。

それでもなんとか仕事を欠勤せずに生活をこなしています。
生きるためです!
働く…仕事をするということは、生活を成り立たせるためでもあります。
勝手に気軽に欠勤することは、双方に悪影響を及ぼします。
会社側は、マイナス1のカバーを周りの人がしなければいけません。
休んだ本人も、その日の給料は入らずに会社からの目線が少なからず厳しくなります。

復帰した当初は、「脳卒中をしたから」という冠がついていました。
むしろこれを利用していたこともありました。
復帰してから5年たちました。 ある程度仕事も任されるようになり、いつの間にか冠も卒業していました。
自分の働いている運送業という業界も、入れ替わりが多い業界です。
新人さんの中には、自分が脳卒中だという事を知らない人もいるでしょう。
自分からカミングアウトするのは、ひいきで見てほしいという事を言っているようで、何だか自分は嫌です。

だからこそ普段通りに動く。 体調が少し悪くても動く!!
それが社会人の考えの一つなのかもしれません。…と自分は思っています(^_^.)

体調がすぐれなくても、普段通りに動く。
逆に考えれば…
この動きまでなら生活はできる!
…ということです。

どこまでがセーフで、どこからがアウトというボーダーラインを知るには、こういう体調の時がわかりやすいのかなと思います。
最初から安静にしていたら、そのボーダーラインも引くに引けないのかもしれません。
体調のボーダーライン、生活に直結してきます。
これを応用していくと、リハビリ・スポーツの「限界」のボーダーラインとなります。
これ以上やっていくと、パフォーマンスが下がる、悪い効果が出始めるということでしょうか。
その範囲で努力をする。 またその中で、ボーダーラインを引き上げることもできるはずです。

もちろんいきなり挑戦するのは危険です。 だんだんと、じわじわとやっていくといいのかな(*´ω`)
…と、盾(冠)を使用せずにボーダーラインを引き上げていこうと再確認した、スーパーの買い出しの道のり(徒歩)でした。
スポンサーサイト

無理やケガをしないようにする努力

IMG_20180629_172610_424.jpg
7月1日に、このような大会に参加しました。
埼玉の戸田市にある彩湖を8時間のうちにどれだけ距離を稼げるか!?
「時間走」という形の大会です。
このブログをよく見ている方はご存知かもしれませんが、この時期に所沢の航空公園で行われた大会が、今年からは彩湖にステージを変えました。 …この大会、3回目の参加となりました。

IMG_20180602_162349_220.jpg
大きい貯水池ですが、憩いの場でもあり自分のホームグラウンドでもあります。
ここで多くの事を学んできたと言っても過言ではありません。


この彩湖で繰り広げられる真夏の祭典…それがこの大会です。
ぶっちゃけこういう「時間走」の方が好きです。
時間で制限されているから、その間はいつでも止まっていい、休憩・食事、強いては昼寝してもいいのですから(≧▽≦)
その方が「無理をしないこと」につながりますのでね。

でも、時期が時期。 猛暑の真っただ中での戦いは避けられません。
一番のリスク…「熱中症」!!
これをうまくコントロールすることが、この大会を楽しめるポイントとなります。

自分のイメージは、車のエンジン冷却システムでした。
ほとんどのエンジンは「水冷」です。 クーラント液をエンジンに循環させて、ラジエーターでその熱を冷やす。
それを体に当てはめると…
血液やリンパは体中に張り巡らされています。 特に体の表面近くを通るところは、体にたまった熱を放出してくれます。
そこを率先して冷やすようにすれば、体に余計な熱がたまりづらいということです。
その部分は、首元、わき、股(鼠径部)、そして耳です。

そこに水を当てると、熱が逃げやすくなります。
これはラジエーターがクーラント液を冷やすのと同じようなことです(勝手に推測)。

耳に注目したのには理由があります。
自分は脳梗塞当事者です。 脳のオーバーヒートは、再発のリスクでしかありません。
脳の熱を逃がすには、「首元」だけでは足りません。 脳に近くて放熱しやすいところ…耳でした。
調べたところ、耳介の複雑な形は、集音だけではなく放熱するためのフィンでもあるようです。
これを利用しない手はありません。 実験したら、確かに頭がスッキリしました!(*^▽^*)

これらを考慮した熱中症対策…
洗車スポンジ、濡れタオル、補給食としてキュウリでした。
洗車スポンジ…水をため込めるので、好きなタイミングで「かぶり水」ができる。
濡れタオル…スポンジと似たような効果ですが、ピンポイントで冷やしたい部位に当てることができる。
キュウリ…言わずと知れた「体の熱を逃がす食材」。
外から内から冷やす方向で臨みました。


当日、朝から痛いほどの日差し。
レジャーシートを広げ場所を陣取る。 これ、スタート前からの戦いです。 昼・午後に日陰になるように計算して、陣取り成功!!(*^▽^*) ここでまず勝利!!
8:30、スタート!
この大会の特徴として、午前中に距離を重ねるのがカギとなります。
…ので、休憩を入れながらも3時間で24.5km稼ぎました。
IMG_20180701_120612_233.jpg
11:30にお昼休憩。
ここで休憩を入れることも、事前に考えていました。 猛暑・自分の超えてはいけないを限界値を見越しての判断です。
頭痛はありません。 キュウリをかじりながらスマホ操作をする余裕がありました。
これでいいのです。 「無理をしない」とは、このくらいの余裕があることだと自分は思います。

午後の部(12:20)スタート。
ここからは、本格的な「熱」との戦いです。
危ない部分…日なたはしっかり歩く! 日陰でなるべく距離を稼ぐ。
この「割り切りスタイル」が後々効果が出てくることを経験しているので、はやる気持ちはしっかりと抑えました(*´ω`)

水冷スタイルは、効果抜群です! とても脳梗塞のリスクを感じさせないくらい!

最後の1周は、完全歩きのクールダウンに徹しました。 …翌日は普通に出勤ですからね(; ・`д・´)
スタートから7時間が過ぎ…
IMG_20180701_162807_731.jpg
ここでフィニッシュしました。
気付けば42km、フルマラソンの距離を超えていました。
しかも! 頭痛もなく、熱中症症状もなく楽しく走れました!

この時期に8時間近く走る… 危険要素しかありません。 ましてや脳にリスクを抱えている。
その中でも「想定内」で抑えられる対策をしっかり考えておく。
5月に走った飯能ベアフットマラソン、そして8時間耐久レースin彩湖。
この2つの大会から学べる事、そして伝えることが多かったなと思います。

言葉よりも、実際に行動で示す方が好きなので…(^^ゞ

野生児の挑戦

2018年5月に、マラソンはマラソンでも、完全な新分野に挑戦しました。

Screenshot_20180506-124523_Chrome.jpg
埼玉でも山の玄関口ともいわれる飯能市で、裸足で山をランニングする「飯能ベアフットマラソン」という大会です。

なぜこの大会に興味を持ったか?
これまでの大会の代償として高頻度で起こる「爪下血腫(黒爪)」、シューズの内壁で当たっているのはわかっていました。
でもいくら対策を考えて実行しても、起きてしまうのが現状でした。
ここで思ったことが、指の当たらない状態…すなわち裸足で走ったらどうなるんだろう?という疑問でした。
この考えを出したのが、この大会に出場する2年前。 そこからどうやってケガしないで走れるかを考えていたので、2年計画で練習してきました。

クッションがなくダイレクトにショックが来るので、極限に裸足に近い「ワラーチ」を履いて生活移動をしていました。
スリーデーマーチ16-8
(2016年日本スリーデーマーチ30kmウォークの写真)

靴が路面ショックを吸収するのではなく、体を使ってショックを吸収する考えに変わりました。
結果、裸足ランはこの考えが無いと走れないことがわかりました。
そして、事あるごとに芝生で裸足、そしてアスファルトで裸足になって動き回りました。


こうして本番を迎えました。
裸足ラン初体験、そしてトレイルランニングも初体験となりました。

想定とは違う脅威が続く「苦行」となりました(; ・`д・´)
大会前に下見をしましたが、それはシューズを履いての話。
走ってみての脅威…木の根っこと砂利でした!
特に砂利! 足に刺さるような激痛が!(;´Д`)イタイ

自分を抜かしていくトップランナーは、「気のせい気のせいっ」と言っていましたが、痛みに悶える中で原因を調べてわかりました。
内反尖足よる着地、常に小指付近から体重が乗っかってしまいます。 ピンポイントの圧力…たとえるならピンヒールで踏みつけられるような痛さ!(シューズは接地面積が広いので圧力分散)
それが何キロ続いたか…(; ・`д・´)

この痛みが「恐怖」に変わりました。
まず走ることは不可能。 息がだんだん浅く早くなってきました。 …過呼吸になるんじゃないかというくらいに(;´Д`)ハアハア
エントリーした距離は5kmでしたが、とんでもなく長く感じました。
走っている途中で取材を受けましたが、完全な作り笑いとなってしまいました。

IMG_20180520_152223_490.jpg
そしてなんとかゴールしました。 走れた部分が少ない散々な結果でした。
課題が多く、持ち帰ることが多かったですが、実はその点が大成功でした!

始めから気持ちよく完走できる大会と臨んでいなかったからです。 失敗と課題をもらいに参加したというのが本音です。
全く知らない分野、成功(ここでは完走)するためにはどうすれはいいか?
実際にやってみて、失敗や課題をもらって成長の糧にする。

最初からできないというのはもったいないと思います。
誰だって最初はできません。 できない事をできるようにするためにはどうすればいいか??
これを考えることが向上のヒントになるのではと自分は思います。
それを実際に行動にしてみました(^^ゞ


苦行部分をクローズアップしましたが、春の野山の自然を直で感じる、人間も動物なんだなと強く感じるいい大会です。
都会の喧騒に疲れた人には、相当いいリフレッシュになります。 そして飯能市は「裸足の聖地」らしいです。
興味があったら見に行くだけでも価値はありますよ!(*^▽^*)

ヒデキ旅立つ、ワテ頑張る

5/17のニュースには驚きました。
「歌手の西城秀樹さんが急性心不全で亡くなりました…」
脳外科・皮膚科の連続通院中の最中で開いた、携帯のインフォメーション欄に書いてあった文字に、その場で驚きました。
享年63歳、早いだろうっ!
この事実を知った第一印象はこんな感じでした。

薬局の待合でニュースを読み返していました。
二度の脳梗塞にも負けずに、第一線で活躍していた記事を読んで…
体がどうなろうとも待ってくれる人がいて、その人たちに喜びや笑顔を与えている… 自分のやるべきことをしっかりとこなすプロ精神を感じました。

自分は失意の死ではないと思っています。 神様がいるとしたら、向こうの世界でライブを待っている人がいるからこっちへ来なさいと、スカウトをしたのかもしれません。
芸能人たるもの、新たな層のファンを獲得することは、永遠の課題だと思います。
そのファンを獲得するためにスカウトに合意したとしたら、この死は決して悲しいことではないと思っています。

自分は、亡くなった母が持っていたカセットテープから西城さんの曲を聞いて、ファンになりました。
自分のカラオケの十八番は「傷だらけのローラ」ですから。
歌手として昭和を飾った人。 脳梗塞をわずらっても復帰して活躍、二度目にも負けずに復帰して活躍。 「脳梗塞にかかっても諦めない」という点で平成を飾った人。
だからこそ、スカウトマンは注目していたのかもしれません。

人としても強いと思いました。
脳梗塞を発症して、今までできたことができなくなるという失意は計り知れません。 脳卒中後、鬱になる人が多いことも数字で表れています(悲しい統計)。
その失意を凌駕する強い心、これを維持することは自分でも難しいと思うほどの並大抵の事ではできないことです。 二度目の発症時に失意に襲われたみたいですが、見事に強い心が打ち勝ちました。
そのありのままの姿に、歌手として、一人の人間としてファンに…いや、「師」として仰いでいました。

西城さんとは死という別れになりますが、新たなる門出という意味も含まれていると思います。
門出ならば悲しい顔はできません。 死を偲んでからは、笑って門出を見送りましょう!…と自分の思いを書いてみました。


このニュースを聞いて、発症・再発しないように節制したにも関わらず、再発・そして亡くなることを知って、明日は我が身と怯える人が多いように見えます。
ここからは死生観の話になるのですが、産まれた時から死のカウントダウンは始まっていると思います。 死というのは避けることはできないので、カウントダウンは止められません。
順調に刻んでいって寿命で亡くなるというのは、今の時代ではまれになっているのでしょうか。
死という現実の中で、やりたいこと・やり残したことがあるから死が怖くなるのでは?と思う今日この頃です。

自分も脳梗塞で死の淵をさまよい、死のカウントダウンを強く意識して生活しています。 再発したら発見されずに亡くなるのだろうと思っています。
そのカウントダウンのピリオドは明日かもしれないと思っています。…ていうか、いつ死んでもいいような生活を毎日送るように心がけています。
そのためには、今できることを一生懸命にやることでしょうか。
毎日をやり切って眠りにつく、そのまま朝を迎えなくてもいいように。
カウントダウンは止められないので、都度都度ごとに死に方を頭の中でシミュレーションしています。
それに則って生活しているせいか、あまり死の恐怖はありません。
門出になれるように準備をしていると言っても過言ではありません。


西城さんの死は、このような疑問を考えてくださいという投げかけでもあります。
もし今死んだらという事を本気で考えてもいいのかもしれません。

40.01歳

とうとう40代に突入しました。
さあ門出だ!! …と思いきや、初日から体調不良で会社を早退することに(*_*)
力は入らないしフラフラするしボーっとして集中できない。 出社してからどんどん悪化していきました。
仕事にならないので上司に状況を報告、早退することになりました。
ここで無理をすると、他の社員に迷惑がかかることを考慮しての判断でした。
帰宅してからすぐに布団に入り大汗をかいていくらかスッキリしたので、本就寝前にこうして書いています。


この1年は30代の集大成として、多くの事をやってきました。

去年の誕生日に、患者スピーカーバンクのイベントで講演デビュー。
それと並行して1年計画で「B-SUB4プロジェクト」をやってきました。

5月、麻痺患者が早く走るための練習を、2週間に1回のペースで「合同練習」という形で今年の2月までやってきました。
その中での自主チャレンジとして、自転車で熊谷往復(110km)したり、ノルディックウォーキングの大会に参加したりしていました。

6月、合同練習とともに、クラウドファンディング用の動画の撮影をしました。 このプロジェクトの運営費とともに、プロジェクトの講演会の実現を目標として協力をあおいでいました。
末には患者スピーカーバンクの個人案件として声がかかり、プロジェクトの用事の後に打ち合わせというような忙しい日々を過ごすことになっていきました。

7月、プロジェクトとしてのはじめてのマラソン大会「所沢航空公園8時間耐久マラソン」に出場。 その前の年も出ていたので、2回目のチャレンジになります。 季節が季節なだけに、休憩を多く入れて42km走りました。
中旬には、患者スピーカーバンクの個人案件として、千葉の幕張で400人相手に講演してきました。
こういってはなんなんですが、人が多い方が視線を気にしないで話しやすかったです。 ただ、講演後にやった怒涛の質疑応答45分には参りましたが…(;´Д`)

8月、クラウドファンディングが始まり、60日という期間でご協力を得なければいけません。 そのためには、多くの人にこのプロジェクトを知ってもらう必要がありました。 知り合いが多くいない自分は、プロジェクトTシャツを着て名所を歩いて地道に宣伝しました。 都内はもちろん、高尾山や横浜まで足を伸ばしました。

9月、この頃になると、プロジェクトの存在を知って取材が増えていきました。 プロジェクトホームページ内の執筆もまとまり終わった頃です。 クラウドファンディングも終わりに近づき、最終日の2日前に設定金額達成しました。 この60日は本当につらかったでした。 達成した報告を聞いた時は、その場で目が潤みました。

10月、仕事をこなしながら患者スピーカーバンクの活動をして、プロジェクトとして活動しながら自主ランニングを空いた時間にするという過密スケジュールをしていました。
なんだろ、忙しくしている方が自分が輝いているような気がしていました。 休みの方が体調を崩す「ワーカホリック」になってしまったのか…(^_^.)

11月、プロジェクトとして2回目のマラソン大会「さいたま国際マラソン」に出場しました。 20kmまでは順調に走れましたが、そこから足攣り状態が広がり、最後は歩きに近い状態でゴール。 42km、5時間20分位のタイムでした。 自分の中では大失敗!
そこから奥底に隠れていた「Mr.ストイック」を解禁。 日曜日のラン練習場所を所沢に決めて走り始めました。

12月、プロジェクトで集めていたクラウドファンディング、目標としていた講演会を築地で開催しました。 もちろん自分も25分ほど話しました。 メディアも多く来ていて、このプロジェクトの注目度が大きいことを実感しました。 講演会は大成功!(*^▽^*)
その10日後には患者スピーカーバンクのイベントで講演、ここで多くの人にMr.ストイックという事を知られるのでした( *´艸`)
もちろん所沢で…厳密に言うと、所沢シティマラソンのコースをトレースしてはしりました。 あの強烈なアップダウンのコースを(;´Д`)

1月、年が明け元日から所沢にて山籠もりトレーニングをしていました。 年末年始はトレーニング漬け、「自宅合宿」と銘打っていました。 仕事始め初日の夜にテレビ取材、ランニング、記者からの取材と、忙しい日々を送りました。 このプロジェクトの本番は2月末に開催される東京マラソン2018でした。 そこまでは患者スピーカーバンクの活動は自粛して、B-SUB4プロジェクト1本に絞りました。 それでもこの過密さなんですけどね(^_^.)

2月、テレビ放送もされていよいよ本格的に注目されました。 怒涛の取材ラッシュ! 合同練習にも同行するので、恥ずかしがり屋の自分は終始緊張しまくっていました。 オーバートレーニングのせいか、足のケガも増えていきました。 片麻痺の曲がった足にオーバートレーニングするので、負荷は大きいことはわかっていました。それを考慮しちゃんと塩梅をかけていました。 
そして本番でもある「東京マラソン2018」、曇りで寒い中走りました。 結果、この寒さが影響して途中リタイアとなってしまいました。
 途中から起きてしまった脱水症状、そして低体温。 走りはとてもよかったのですが、根性ではどうすることもできないところで痛い目を見てしまいました。 悔しかったですけど、色々な課題が見つかったので出場してよかったと思っています。

3月、プロジェクトも終わり、チャレンジャーからただの一般人に戻りました。 でも挑戦は終わらせるつもりはありません。 むしろここからがスタートになります。
そのためには、まずは傷をいやしながら次なる挑戦を計画すること。 執筆活動をしながら講演活動をして、だんだんと患者としての活動を再開していったのでした。

4月、何年前からか計画していたチャレンジを実行しました。
自転車で家から群馬県富岡市まで往復! 174kmをクロスバイクで1日がかりで走りました。 誰にも言われるわけでもなく自主的に。 目的地に行くまでの過程を楽しむ「男性脳」が炸裂しました。

そして今日を迎えることができました。


この先は何をしたい??
ひ・み・つ💛

でも一つだけ言えるとしたら、多くの人がやりたかったことを実現することで「可能性」を伝えていくことをしていきたいです!
そう、百聞は一見に如かず…ですね( *´艸`)
プロフィール

チヴァ YTK

Author:チヴァ YTK
脳梗塞患者、アトピー患者、白内障患者という病気だらけの40歳独身でございますm(_ _)m
暗いことは書きませんので、気軽に読んで下さい。(*^▽^*)
若くして脳梗塞に倒れ、死とも向き合いましたが、日常生活に戻ろうともがいてる様です。マラソンをできるまで回復…いや、まだ回復していません!(; ・`д・´)

身近なところに同じような患者さんがいる人にヒントになるようにと立ち上げた所存。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。